BARONESS John Dyer Baizley Interview 2010.3.6
photograph by TEPPEI
BARONESSのヴォーカリスト兼ギタリストであり、バンドのアートワークも手がけるジョン・ダイヤー・ベイズリー(写真右)のインタビューです。
彼とは2009年11月11日、『BLUE RECORD』リリース時に電話インタビューしたことがあったのですが、絵画やグラフィック・アートについての話が面白く、いつかもっと訊きたいと思っていました。
そして2010年3月に実現したISISとBARONESSのジャパン・ツアー。この機会を逃してはならぬと、対面インタビューをすることになりました。素顔の彼はステージ上と同じく、ひとつひとつの質問に対して真剣な面持ちで答える誠実な人でした。
電話インタビューしたのが縁で、何度かメールを交換していたのですが、来日前になって「山本タカトの画集が欲しいんだけど、押さえといてくれない?」というメールが来ました。それで『ヘルマフロディトゥスの肋骨』を買って持っていったら、すごく喜んで食い入るように見ていました。
(ライヴの翌日、『緋色のマニエラ』『ファルマコンの蠱惑』『ナルシスの祭壇』も持っていってあげました)
ジョンの作品はこことかここで見ることが出来ます。
なおウェブ・インタビューの良いところは、リンクからあちこちのサイトに飛んでいけることなので、この記事に登場するアーティストに関するサイトをいろいろチェックしてみたら面白いと思います。
BARONESS 『BLUE RECORD』
(インタビュー:山崎智之 / uploaded 2010.6.15)
(感謝:Relapse Records Japan)
●山本タカトについて、どのようにして知ったのですか?
ヴァーニャ・ズーラヴィロフが彼から影響を受けたと、インタビューで言っていたんだ。それで名前は知っていたんだけど、Juxtapoz誌のパスヘッドが表紙の号(2009年10月号/#105)に何枚か彼の作品が載っていて、素晴らしいと思った。
●他の日本のアーティストでは、どんな人を好んでいますか?
まだ知識が浅いし、あまり知ったかぶりをしたら醜態を晒すだけだと思うけど、松井冬子のウェブサイトを見て、彼女の作品は美しいと感じたな。
●丸尾末広とかも気に入ると思いますよ。
ぜひチェックしてみるよ。
●他に注目しているアーティストは?
BARONESSの『BLUE RECORD』全曲をそれぞれ異なった、今俺が注目しているアーティストとコラボレートしてヴィジュアル化するプロジェクトを考えているんだ。マイク・サトフィン、アーロン・ホーキー、ジャスティン・バートレット、タラ・マクファーソン、ポール・ロマノ、ステイク・マウンテン... 彼らにスケッチを送って、アイディアを交換したりして、アートワークを完成させていく。「O’er Hell And Hide」はシアトルでやっているサントスとコラボレートするよ。色彩画だったり白黒イラストレーションだったり、それぞれのアーティストを個性を生かしたものになる。最終的にはその作品を展示して、BARONESSのライヴ・パフォーマンスを行ったりするインスタレーションを実現させたいんだ。
●グラフィック・アートに興味を持つようになったきっかけは何ですか?
子供の頃、母親に美術館に連れていかれたのが最初だな。フィラデルフィアで育ったから、フィラデルフィア美術館にあるトーマス・エイキンズ、ジョン・シンガー・サージェント、ジェイムズ・アボット・マクニール・ホイッスラーの作品を見て育った。それにフィラデルフィアにはかなり規模の大きなロダン美術館があって、彼の彫刻がたくさん置かれている庭園もあったよ。俺はまだ5歳とかだったし、まだよく判らなかったけど、徐々に美術に興味を持つようになったんだ。それからヨーロッパの画家を好んで見るようになって、レンブラントやカラヴァッジョは今でも大好きだよ。オールタイム・ファイヴァリットの絵画をひとつ挙げるとしたら、レンブラントの「屠殺された牛」だろう。平凡な日常の一部を絵筆でエキサイティングなものに昇華させている、まさに傑作だよ。
レンブラント「屠殺された牛」
音楽を聴くようになってからは、パンク・ロック・アートに興味を持つようになった。パスヘッドやレイモンド・ペティボンのようなアーティストに刺激を受けたよ。フランク・コジックやシェパード・フェアリーとかね。
今の俺のスタイルは、そんな影響すべてが一体化したものなんだ。古典とパンクがクロスオーヴァーしたのが、個性になっていると思う。決して融通が利くスタイルではないし、「こういう絵を描いて欲しい」と言われてもリクエストに応えられないことが多い。今のところ、アートワークを提供したバンドには喜んでもらえているみたいだけどね。
●古典絵画とパンク・ロック・アートを同列に考えていますか?それとも異なったものと捉えていますか?
ヴィジュアル・アートだという点では同じだけど、美術としての性質は異なったものだと思う。サージェントの絵画は富裕層の依頼に基づいて描かれたものだけど、コジックのアートワークはアンダーグラウンドな、カウンターカルチャー的なものだ。時代背景も異なるし、別のものと捉えている。俺がやっているのは、古典のスタイルをパンクの手法で解体、再構築することなんだ。
●自分と同じことをやっているアーティストを挙げるとしたら?
古典を踏襲しながら、パンク・ロックのメンタリティを持っているという点でいえばアーロン・ホーキーやポール・ロマノ、あるいはアーロン・ターナーかな。ISISのやっていることは、とても興味深い。かつてロック・バンドは音楽だけをやっていたけど、彼らはアートワークを手がけ、レーベルも運営するなど、ひとつのコンプリート・パッケージなんだ。ISISはひとつのムーヴメントのオリジネイターだよ。BARONESSやMASTODON、CONVERGE、KYLESA、TORCHEは音楽の伝統に敬意を払いながら、現状に迎合しないという点で共通している。
スティーヴン・オマリーやBorisも音楽が新しくてエキサイティングなだけでなく、レコードやCDのパッケージ、マーチャンダイジングも加えてひとつの世界を作り上げているし、俺と共通しているかも知れない。
●昨年11月にペンシルヴァニア州ランカスターのMetropolis Galleryで初の個展を開催しましたが、今後グラフィック・アーティストとしての割合が増していくのでしょうか?
これからも展覧会はやっていきたいけど、それが理由でBARONESSの活動が制限される可能性は考えていない。毎日働いて、両立させるつもりだ。これまでだって他のバンドのアートワークを引き受けて、そのせいでBARONESSの活動がおろそかになったことはないだろ?あと気をつけているのは、出来る限り大勢の人々を受け入れる姿勢を保つこと。エリート主義・排他的になってしまわず、プリントやポスターも低価格に抑えるよう心がけている。デラックス仕様のアルバム・パッケージにも興味があるし、さまざまな試みをしていきたいけど、ファンの手が届かないものを作る気はないんだ。何故自分がこの仕事をやっているのか、その原点に立ち返ってみると、人々に聴いてもらいたい、見てもらいたいからなんだよね。その精神を忘れることはないよ。
ミュージシャンが自分でアートワークを手がけることは、コスト的にもメリットがあるんだ。デザイナーに高いギャラを払わずに済むからね。今、ISISや俺たちがやっているのは、21世紀のD.I.Y.なんだ。ちょっと前まではライヴのブッキングも自分でやっていたし、全員でバンの運転を交代しながらツアーしてきた。そうすることで、BARONESSのショーはバンドにとっても観客にとっても、パーソナルな経験になってきたんだ。
●最近ではどんなバンドにアートワークを提供しましたか?
BLACK TUSKとは何回か一緒にやっていて、新作のアートワークも俺が描いている。U.S. CHRISTMASのアートワークも途中まで仕上げたところだ。ノルウェーのKVELERTAKの新作ジャケットも俺がやる。ラフ・ミックスを何曲か聴いたけど、すごく良い出来だよ。
BLACK TUSK『TASTE THE SIN』
●mp3をダウンロードしてiPodで聴く時代に、アートワークを重視するあなたのスタイルは逆行していると言えるでしょうか。
そうかも知れないけど、それが自分の表現手法だからね。俺が13、14歳の頃、音楽は何度も噛みしめて聴くものだったんだ。THE JESUS LIZARD、MELVINS、DINOSAUR Jr、SONIC YOUTHみたいなバンドは、一度だけ聴いても判らないことが多い。ネットでmp3をダウンロードして、一度聴いてつまらないからワンクリックで削除というのは、あまりに味気ないよね。初めてMELVINSの『HOUDINI』を聴いたとき、正直よく判らなかった。でも今では、自分の音楽の聴き方を永遠に変えたアルバムとして、重要な位置を占めている。コジックの描いたアートワークも素晴らしい。SONIC YOUTHの『DAYDREAM NATION』や『GOO』も、俺にとって「音楽とはこのようにプレイされるべきものだ」という指針だけど、それを実感するまでには時間がかかった。THE JESUS LIZARDのデュエイン・デニスンがいかに凄いギタリストかも、ただ一回聴いただけでは判らないだろう。BARONESSの音楽を聴く人も、ただmp3をジョギングのBGMとして聴くだけではなく、アートワークを見て、歌詞を読みながら聴いてみて欲しい。その方がきっと楽しいよ。
●以前インタビューしたとき、『BLUE RECORD』の大きなインスピレーション源としてQUEENの『A DAY AT THE RACES』を挙げていましたが、あのアルバムのアートワークからもインスピレーションを得ましたか?『A DAY AT THE RACES』のジャケットは鷲や蟹、ライオンなどをあしらった紋章ですが、『BLUE RECORD』のジャケットにも何種類かの魚が描かれています。
うーん、それはないんじゃないかな。インスピレーションを得たのは、音楽面だよ。ロックのレコードでありながらファンファーレで始まって、クラシック音楽や映画音楽に通じる起伏や陰翳があるのがすごくユニークなアルバムだと思う。
QUEEN『A DAY AT THE RACES』
●『RED ALBUM』や『BLUE RECORD』で描かれている女性は、あなたの美的感覚に則って理想的な女性ですか?
日常生活で美しいと思う女性と、絵を描く対象として理想的な女性は、同じようであって異なっているんだ。『BLUE RECORD』のジャケットの女性たちは後者だよ。ボディの曲線がエロティシズムを表現しているんだ。ルーベンスの描く女性のようにね。俺が尊敬する画家は単にきれいな女性を描くのではなく、その女性を通して自分を表現している。アルフォンス・ミュシャやグスタフ・クリムトの描く女性は美しいけど、彼らの作品が高く評価されているのは、オリジナルなスタイルで表現しているからだろ?レンブラントやエゴン・シーレ、葛飾北斎の描く女性は美人ではないかも知れないけれど、絵画として見ればはっと息を呑むほど美しいんだ。フランスのアール・ヌーヴォーやドイツのユーゲントシュティールは17歳の頃に初めて知って、感銘を受けた。俺もそんなスタイルを確立させたいと願っている。
●パブロ・ピカソは”青の時代”や”バラ色の時代”を経てきましたが、BARONESSの『RED ALBUM』『BLUE RECORD』もいわば”赤の時代””青の時代”に相当するものなのでしょうか?
うん、絵画と違って、視覚的に判りやすくないと思うけど、今のBARONESSは確かに”青の時代”にあるね。
●『BLUE RECORD』のアートワークの女性のポーズは、ピカソの「アビニヨンの娘たち」と似ているような...。
言われてみればそうだな(笑)。でも、さすがにそれは偶然だ。全然意識してなかったよ。
ピカソ「アビニオンの娘たち」
●ツアー先で美術館に行くことはありますか?
なかなか行く時間を見つけるのが難しいけど、ウィーンのレオポルト美術館に行くことが出来た。シーレやクリムトなど、オーストリアの画家の作品を見ることが出来たよ。日本に来る直前にはメルボルンのヴィクトリア州国立美術館でロン・ミュエク展を見た。あと残念ながら中に入ることが出来なかったけど、フランク・ゲーリーが設計した、スペインのビルバオにあるグッゲンハイム美術館の外観は素晴らしかった。
ビルバオ・グッゲンハイム美術館
●具体的に絵画がBARONESSの曲や歌詞に影響をおよぼすことはありますか?
『RED ALBUM』の「Wanderlust」はノルウェーの画家のオッド・ネルドルの作品から刺激されて書いた曲だ。彼は現代の画家だけど、レンブラントのような古典主義とモダンな要素をクロスオーヴァーさせた手法が斬新なんだ。
あと絵画ではないけど、「Wailing Wintry Wind」は『子連れ狼』映画版を題材にしている。残虐で、それでいて美しい光景が頭から離れず、曲にせずにいられなかったんだ。この映画はヒップホップのGZAも多大な影響を受けていて、「Liquid Swords」という曲でサンプリングしている。
●小池一夫&小島剛夕の漫画版『子連れ狼』は読んでいますか?
残念ながら読んでいない。漫画に関しては、マーチャンダイズ担当の奴が詳しくて、ツアーバスで読ませてくれたりするんだけど、タイトルとかは覚えていないんだ。
アメリカのコミックも子供の頃は読んでいたけど、最近はちょっとご無沙汰だ。ただ、アシュリー・ウッドの『Zombies Vs Robots』はすごく良かった。
●小説から影響を受けますか?
『BLUE RECORD』はウィリアム・フォークナーとヘルマン・ヘッセから多大な影響を受けている。俺は南部出身だからか、歴史の暗い闇に惹かれる傾向があるんだ。アメリカの田舎町を歩くと、フォークナーの描いた闇が晴れることがないことが判る。あとクヌート・ハムスンの『土の恵み』、それからホルヘ・ルイス・ボルヘスの「二人の王様と二つの迷宮」もアルバムに影を落としている。
俺の中では、あらゆる芸術表現がボーダーレスで繋がっているんだ。音楽、絵画、文学、映画からの影響が融合することで、BARONESSの世界観が成り立っている。BARONESSの音楽そのものがひとつの迷宮、ラビリンスなんだよ(笑)。
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