5. doom nation USA



60年代後半のラヴ&ピース幻想は'69年12月、THE ROLLING STONESのフリー・コンサート中に起こった殺人事件、いわゆる"オルタモントの悲劇"で崩壊していたが、それにとどめを刺した要素のひとつが70年代初頭、BLACK SABBATHの登場だった。彼らは当時アメリカで大成功を収めることこそなかったものの、社会や人間性の暗黒面を扱った歌詞とヘヴィなサウンドでカルト的な人気を得て、熱狂なフォロワーを生み出すことになった。そんなアメリカのSABBATHチルドレン達は彼らの影響下にあるバンドを次々と結成、80年代ドゥーム・メタル・シーンの礎を築くに至ったのである。そして彼らの歴史はまさに苦闘と波乱の連続だった。



●PENTAGRAM

70年代BLACK SABBATHに魅せられたドゥーム第一世代の一人がワシントンDC在住のシンガー、ボビー・リーブリングである。彼は60年代後半からSPACE MEAT、STONE BUNNYといったバンドで活動していたが、'71年にPENTAGRAMを結成。翌年シングル「Be Forewarned b/w Lazy Lady」でデビューしている(この時点で彼らはMACABREを名乗っており、シングルのレーベルはMACBREとミスプレスされている)。ただ、その活動は順風満帆とは言い難いもので、地元周辺をサーキットしながらインディーズから時おりシングルをリリースする程度のものだった。彼らの初期音源はアルバム『PENTAGRAM 72-79』『HUMAN HURRICANE』で聴くことが出来るが、SABBATHやMC5の影響だけでなくロックンロール色の強い初期から徐々にヘヴィかつダークなドゥーム・サウンドに移行していくさまが興味深い。彼らはKISSのポール・スタンリーのソロアルバム用に曲提供を依頼されるなどチャンスに恵まれながら、それは実現することはなく、その活動はインディーの範疇に留まっていた。
PENTAGRAMにとって大きなターニングポイントとなったのは'78年半ば、ドラマーのジョー・ハッセルヴァンダーが加入したことだった。バンドはシングル「Livin' On A Ram's Head b/w When The Screams Come」をリリース後に一時解散状態となるが'81年後半に再集結。ボビーとジョー、マーティ・スウェイニー(b)、ジョーがPENTAGRAMの休止中DEATH ROWで活動を共にしていたヴィクター・グリフィン(g)の4人で活動を再開する。彼らはしばらくDEATH ROW名義でアメリカ東海岸を中心にサーキットするが、'84年暮れにバンド名をPENTAGRAMと変え、結成13年目のデビュー・アルバム『PENTAGRAM』(再発時に『RELENTLESS』と改名)を'85年6月に発表。脱退したジョーの後任にスティーヴ・ローズを加えて'87年にはセカンド・アルバム『DAY OF RECKONING』をリリースしている。
アルバムのリリース後ライヴ活動を続けた彼らだったが人気は低迷し、'88年夏にヴィクターが脱退、西海岸に移住したことによってバンドは再び解散状態に。しかしボビーはそれにめげることなくPENTAGRAMとしての活動を続け、'91年には遂に『Peaceville』レーベルとの契約を手にする。彼は2枚のアルバムを再発させるのと同時に再び『PENTAGRAM』時のメンバーで3作目のアルバム『BE FOREWARNED』をレコーディング、'94年に発表している。
黄金メンバーが揃いいよいよ本格的な活動を開始するかと思われたPENTAGRAMだが、同年11月にヴィクターとジョーがCATHEDRALのヨーロッパ・ツアーにサポートとして参加したのを最後に消息を絶つ。いよいよ今度こそ終わりか...とファンを絶望させたものの、'98年にまたもや活動再開。'99年春には4thアルバム『REVIEW YOUR CHOICES』をイタリーの『Black Widow』レーベルからリリースしたが、ここではボビーがヴォーカルを取り、ジョー・ハッセルヴァンダーが全パートを演奏している。現在は正式メンバーを集めている最中だそうだが、今度こそバンドを軌道に乗せてもらいたいものだ。



●THE OBSESSED
(前編)

ボビー・リーブリングと同様にワシントンDCでBLACK SABBATHのサウンドの虜となったのがスコット"ワイノ"ワインリックだった。'72年、弱冠12歳のときにボルティモアでBLACK SABBATHのライヴを観て衝撃を受けた彼はアマチュア・バンド活動を経て'77年にWARHORSEなるバンドを結成。THE OBSESSEDと名を改めた彼らはワシントンDCを拠点にライヴ活動を経た後('82年7月のライヴはアルバム『LIVE AT THE WAX MUSEUM』で聴くことが出来る)、'83年に3曲入りシングル「Sodden Jackal」でデビューしている。
パンク/ハードコア主体のシーンでSABBATHスタイルのヘヴィ・ロックを貫きヘンリー・ロリンズやイアン・マッケイと交友を深めたTHE OBSESSEDはコンピレーション盤『METAL MASSACRE VI』に「Concrete Cancer」を提供したが、レコード契約を獲得するには至らず、ワイノは'85年にバンドを解散させてカリフォルニアのドゥーム・バンド、SAINT VITUSに身を投じるのだった。



●SAINT VITUS

SAINT VITUSがロサンゼルスで結成されたのはPENTAGRAMやTHE OBSESSEDより遅く、'81年のことだった(初期はTYRANTと名乗っていた)。当時地元LAではMOTLEY CRUEやRATTに代表されるグラム・メタル・ブームが勃興しようとしていたが、ギラギラとしたヴィジュアル・イメージとは縁遠い彼らはトレンドとは無縁の存在であり、ライヴ活動もいわゆるLAメタル勢との競演はほとんどなかった。そんな彼らに手を差しのべたレコード会社が『SST』。SONIC YOUTHやBLACK FLAG、MINUTEMEN、MEAT PUPPETSらの作品で知られる同レーベルと契約したことからも、SAINT VITUSが当時のシーンにおいて"オルタナティヴ"な存在だったことが分かる。彼らは'84年にアルバム『SAINT VITUS』でデビュー。初期BLACK SABBATH直系のダークなヘヴィ・ドゥームをプレイしている。
彼らのサウンドを見事に表している3作目のアルバム・タイトルが『BORN TOO LATE』('87)。本作からバンドのシンガーとして加わったのが前述のスコット"ワイノ"ワインリックだった。このアルバムは後のベスト盤『HEAVIER THAN THOU』('91)に1曲を除いて全曲が収録されたことからも分かる通りの名曲揃いの傑作だ。ただ本作、そして続く『MOURNFUL CRIES』('88)共にアメリカでの反応は冷たく、バンドはドイツの『Hellhound』レーベルに移籍してヨーロッパ市場をターゲットに変更している。
『V』('90)で心機一転ヨーロッパ・デビューを飾った彼らだったが、同年ワイノはTHE OBSESSED再結成のために脱退。残されたメンバー達はクリスチャン・リンダースンを迎えて『C.O.D.』('92)、さらに最初の2作で歌っていたスコット・リーガーズが復帰しての『DIE HEALING』('95)をリリースして力尽き、約15年の歴史に幕を下ろしたのだった。デイヴ・チャンドラーのソングライティングは結局正当な評価を得ることなく終わってしまっており、彼らのアルバムは残念なことに全作品廃盤となっている。



●THE OBSESSED
(後編)

ワイノがTHE OBSESSEDを再結成させるきっかけとなったのが'85年にレコーディングしたデモを集めたアルバム『THE OBSESSED』が'90年にリリースされ、好評を得たことだった。ソングライターとしてもギタリストとしてもデイヴ・チャンドラーに次ぐ二番手扱いだったSAINT VITUSよりも自由を求めた彼は、『Hellhound』レーベルの要請もありバンドを再結成。2ndアルバム『LUNAR WOMB』('91)では後にKYUSSに参加するベーシスト、スコット・リーダーがプレイ、ワイノと共に共同プロデュースを行っている。続く『THE CHURCH WITHIN』('94)は『Hellhound』が原盤権を持ち、『Sony』がディストリビュートを担当。WHITE ZOMBIE、PRONG、TROUBLE、CROWBARとツアーを行い、両アルバム共に日本でも発売されるなど、成功への道を上り始めた彼らだが、『Sony』が期待したほどの結果は生み出せず、'95年に契約解除されてしまう。バンドは同年にシングル「Altamont Nation」をリリースしたのを最後に解散するのだった。
ただ、バンドが消滅した後もメンバー達はストーナー/ドゥーム・シーンで活躍を続けており、グレッグ・ロジャーズ(ds)とギィ・ピナス(b)は元SCREAMのピート・スタールとGOATSNAKEを結成。ワイノも'98年に新バンドSHINEで再始動している。このバンドは同名のバンドがいたため、シングル1枚をリリース後にSPIRIT CARAVANと改名、'99年4月にアルバム『JUG FULLA SUN』で再デビューを飾った。


PENTAGRAM、THE OBSESSED、SAINT VITUSはいずれも優れた音楽を生み出しながら当時の音楽シーンのせいで成功を収めることが出来なかったバンドである。彼らのアルバムはいずれもレコード会社のカタログから抹消されており(レコード会社そのものが倒産してしまった場合もある)、容易に聴くこともままならない状況だ。だが、今日聴いても彼らのサウンドは輝きを失っていない。
そして彼らはNWOBHMバンドがイギリスにおいてそうしたように、90年代アメリカにおけるストーナー/ドゥーム・ムーヴメントへの礎を築いたのである。


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