4. new wave of british heavy metal



70年代後半から80年代初頭、'79年をピークにしてイギリスで起こったヘヴィ・メタル・ブームがニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル(NWOBHM)だった。英国の音楽紙『サウンズ』の編集者だったジェフ・バートンが紙面を使って大々的にハイプしたこのブームで得をしたのは主にRAINBOWやWHITESNAKE、STATUS QUO、AC/DC、JUDAS PRIESTといったメジャー・バンドであり、当時デビューしたバンドでビッグになったのはIRON MAIDEN、DEF LEPPARD、SAXONなど極わずかだったが、当時評価されることがなかったバンドの中にも優れたものがあり、最近になってCD再発されるなどして(極めてマイナーなレベルで)再評価されている。

NWOBHMの意義はそれら各々のバンドが生み出した音楽もさながら、多数のバンドがひとつの集合体としてムーヴメントを起こし、80年代、そして90年代にヘヴィ・メタルを繋げていったという点にあったと言えるだろう。その一部のバンドはまた今日のストーナー・ロック/ドゥーム・メタルの音楽性にも影を落としている。本項ではそんな前ドゥーム派バンドをいくつか紹介してみよう。

まずCATHEDRALのリー・ドリアンが事あるごとにその名を挙げているのがWITCHFINDER GENERALだ。彼らはアメリカのPENTAGRAMやSAINT VITUS、THE OBSESSEDなどと共にオリジナルBLACK SABBATHイズムを80年代に再現し、90年代に橋渡ししたという点で重要な存在である。'79年にフィル・コープ(g)とジーブ・パークス(vo)を軸に結成されたこのバンドは当初からBLACK SABBATHの影響下にあり、バンド名をSABBATHと同様にホラー映画から取ったあたりからもその傾倒ぶりが窺える('68年の作品『WITCHFINDER GENERAL』。この映画の一部はCATHEDRALの「Hopkins」でも用いられている)。彼らは英国のインディーズ・メタル・レーベル『Heavy Metal Records』と契約、'81年9月にシングル「Burning A Sinner b/w Satan's Children」でデビュー。90年代の感覚からすると自主制作以下の極悪音質・ジャケットで知られる同レーベルだが、それは本作についても当てはまることだった。ただA面曲は印象的な秀曲で、デビュー・アルバム『DEATH PENALTY』('82)でも再演されている。
年が明けた'83年、彼らは12"シングル「Soviet Invasion」、続いて2ndアルバム『FRIENDS OF HELL』('83)を発表するが、内容の充実にも関わらずセールス不振に終わり、メタル・ブームの終わりと共に活動に終止符を打つことになった。シーンからきれいに身を引いた潔さのせいか、彼らは一種神格化すらされている。

それに対し、素晴らしいデビュー・アルバムをリリースしながら、いつまでもダラダラと活動を続けたことにより評価を下げてしまったのがANGELWITCHである。彼らのアルバム『ANGELWITCH』('80)は正直WITCHFINDER GENERALの両アルバムよりはるかに優れた出来であり、IRON MAIDENやSAXONなどと肩を並べると言って過言ではない内容だ。ただリーダーであるケヴィン・ヘイボーン(g/vo)は再度にわたりバンドを復活させ、二流三流の作品をリリースしたため、今日では名盤の1stまでが過小評価される傾向にある。
ANGELWITCHは常に不幸な運命を背負ってきたバンドだった。'77年にLUCIFERという名で結成された彼らは改名後IRON MAIDENと共に英『EMI』と契約するが、コンピレーション盤『METAL FOR MUTHAS』とシングル「Sweet Danger」のみで解雇を言い渡される(彼らとIRON MAIDENのジョイント・ライヴを観にきたレコード会社A&Rが両バンドを天秤にかけ、ライヴ内容が劣った方がドロップされたという説もある)。彼らは改めて『Bronze』レーベルと契約、アルバム『ANGELWITCH』を発表する。
'80年の『レディング・フェスティバル』での熱演が高く評価された彼らだが、アルバムはNWOBHMの先導者だった『サウンズ』紙に酷評され、『Bronze』の業務縮小に伴い契約解除。ヘイボーンはDEEP MACHINEなるバンドを結成するが、再びANGELWITCH名義で『SCREAMIN'N'BLEEDIN'』('85)『FRONTAL ASSAULT』('86)を発表。ただ、これら2作はヘイボーン自らが「出すべきでなかった」と語る貧弱な内容だった。
'87年にはまだ小規模だった『ダイナモ・オープン・エア』フェスティバルに出演するなど地道な活動を続けていたANGELWITCHは'89年、ヘイボーンのアメリカ移住に伴い活動拠点を移し、'90年には『Metal Blade』レーベルから『LIVE』をリリース。'99年4月には'87〜'98年のデモ音源を集めた新作『RESURRECTION』が自主制作で発表された。
ANGELWITCHの音楽性は『サウンズ』紙で「BLACK SABBATHをコンクリート・ミキサーにかけたような」サウンドと評されたヘヴィかつパワフルなもの。ファスト・ナンバーも多かったが、ミッド〜スローの曲におけるリフ・ワークは後のドゥーム・メタルを先取りしている。

バンド名が似ていること、悪魔主義的なイメージ戦略という共通項のせいで常にWITCHFINDER GENERALとペアで語られるのがWITCHFYNDEだ。そのサウンドは暗く湿気の感じられるものだが、決してドゥームと呼べるものではなかった。むしろDEF LEPPARDとツアーしたことからも分かる通り、幅の広いブリティッシュ・ハード・ロック・サウンドを追求していたと言える。『GIVE'EM HELL』('80)を筆頭に4枚のアルバムをリリースした彼らだが、結局ベルギーの『Mausoleum』レーベルからの『LORDS OF SIN』('84)を最後にシーンから消え去ることになった。

同様にバンド名やアートワーク、さらにはステージ・コスチュームでサタニックなヴィジュアル性を押し出しながら、ストレートかつメロディアスな音楽性で知られているのがDEMONである。'92年の(おそらく)ラスト・アルバム『BLOW OUT』までほぼ毎年のように煮え切らない内容のアルバムをリリースし続けたせいで顧みられることの稀な彼らだが、最初の2作『NIGHT OF THE DEMON』('81)『THE UNEXPECTED GUEST』('82)はドゥーム色こそ感じられないものの、内容的には優れているため一聴の価値がある。

QUARTZも'77年のデビュー・アルバム『QUARTZ』はトニー・アイオミによるプロデュース作品であり、「Devil's Brew」「Satan's Serenade」などおどろおどろしいタイトルを冠した楽曲を書いているが、ドゥーム色は薄い。彼らはデビュー年が早かったこともあり、NWOBHMと70年代B級ハード・ロック・バンド(STRIFEなど)のクロスオーヴァーと呼べる存在だったと言えるだろう。

これらのバンドに共通して言えるのは、いずれも悪魔的イメージをあくまでギミックとして用いており、決して本気で悪魔主義を信奉していたわけではないことだ。それは彼らと同時期にデビュー、後のブラック・メタル勢に多大な影響を与えたVENOMについてもしかりである。
ただ、彼らのヘヴィなリフ、ダークなイメージは90年代のドゥーム・メタルに継承されることになるのだった。
本項で紹介した5バンドはいずれも"15分間の名声"を享受したのみで姿を消していった。だが彼らは死してドゥーム・メタルという名の皮を遺したのである。


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