アマンダ・リアー『サルバドール・ダリが愛した二人の女』

ROXY MUSIC『FOR YOUR PLEASURE』ジャケでおなじみのモデル、アマンダ・レアがサルヴァドール・ダリとの思い出を綴った本。原著は1985年刊、邦訳は1993年に『ダリ、異質の愛』というタイトルで刊行され、改題新装版である本書は2001年刊です。

このアマンダさん、元々男性だったのが性転換して女性になったという説が根強く囁かれています。

いちおう現在では最初から女性だったということで落ち着いていますが、自らが性転換者であるエイプリル・アシュリーの著書『April Ashley’s Odyssey』にはこんな一節があります:

Towards the end of my stretch at Le Carrousel I became chums with a new member of the troupe, Peki d’Oslo, otherwise Alain Tapp, later anda Lear.

Audrey said to me, ‘You must meet this young painter I know. He wants to become a woman.’ Peki’s Franco-Oriental family lived in southern France and he was pursuing art in Paris, surviving by painting delightful postcards of Paris scenes. I said, ‘But, my dear, these are lovely – you must stay as you are, you must develop your talent, you mustn’t waste yourself in cabaret.’ In addition to being a painter he was a talented polyglot. But Peki was adamant and so joined the show. Sayonara, starring Marlon Brando, had just hit the screens – wasn’t he gorgeous in that military uniform? – and because of Peki’s features M. Lasquin gave him an Oriental spot.

Salvador Dali visited the club. He said, ‘Gold is the most beautiful thing in the world, and the next most beautiful thing in the world is to wake up in the morning and find lots and lots of cheques in the post.’ Mr Dali hoped to paint me unclad as Hermaphroditos but the possibility of being immortalised in my half-way house on the walls of the Tate Gallery was too horrible to contemplate. Dali’s cousin was much weirder than the painter. He invited me for dinner at his flat and served spaghetti. Instead of Parmesan cheese, he took out a box and sprinkled tin-tacks all over his and walloped the lot down while giving a monologue on horse-racing.

It was Peki whom Dali came to know really well. I don’t think they were ever what the Americans refer to as ‘an item’ but they were close. Peki told me hair-raising stories of Dali’s artistic orgies staged outside Paris and attended by Pompidou and other éminences. One was an exercise in symmetry. The maestro arranged two beds in the centre of the room, co-opted two pairs of twins, one male, the other female, and urged them to make love with their opposites.

それはまあ良いとして。

本書はアマンダのダリとの交流について主に書いていますが、デヴィッド・ボウイやブライアン・フェリー、ミック・ジャガーらも登場します。

また、

彼(ダリ)はまた白色症の歌手のジョニー・ウィンターと、彼の長い白髪を好いた。(p352)

とか

(アマンダは日本に)滞在中、私はデヴィ・スカルノのパーティーに招待された。(p383)

といった、意外な人物も登場。

2005年1月11日の日記で「フェンノルトはなんとサルヴァドール・ダリの奥方、ガラの若いツバメだったそうです」と書きましたが、本書ではこんな言及がなされています:

ガラは、『ジーザス・クライスト・スーパースター』に出演していた若いアメリカ人の歌手のジェフと、プボルにいた。ニューヨークで会ったのだ。長い栗色の髪と、短い顎髭を持つ彼は、もちろん<イエス・キリスト>の役だった。ガラは、彼をハンサムで、声がいいとほめていた。夜、エレキの伴奏で彼は歌の練習をしていた。ガラは幸せそうに、家中鳴りひびく騒音に耐えていた。ある晩、二人がポルト・リガットへやってきた。ダリは<イエス・キリスト>にキスして、彼に髪を切ってはいけないよと忠告した。彼はとても傲慢で、ガラだけに話しかけた。私のほうには、いかにも汚いものを見る目で視線を投げるだけだった。(p312)

ダリ劇場美術館の開館式は、一九七四年九月二十三日、厳かに、ファンファーレの音とともに始まった。(中略)市庁舎前で、市長とダリの演説が終わると、群衆は美術館へ殺到した。<ジーザス・クライスト>は群衆の殺到で取り残されてしまった。でもダリはガラを前へ押し出した。「ジェフ、ジェフ」と彼女は叫んだ。「大丈夫だよ」とダリは言い張った。「後で私たちを見つけるよ」(p344)

それでも彼女(ガラ)は、毎日電話している<ジーザス・クライスト>に会いに、ニューヨークへ帰りたがっていた。おろかな私はダリに向かって、美術館の開館式の後、ジェフとロンドンへ一緒に帰ったこと、それから数日後に、ジェフはニューヨークへ発ったことを話してしまった。彼はケンジントンのロイヤル・ガーデン・ホテルに滞在しており、一緒に夕食をして欲しいと言った。私たちはガラのことを話したりして、楽しい時を過ごした。でも夜も更けた頃、彼は私に今晩一緒に過ごさないかと言った。ダリはこのことを聞くと困惑した。(p348)

本当にツバメだったんですね。ひえー(>_<)

ただ訳者の北川重男という人、1933年生まれで”専攻は英国ルネッサンス文学および演劇”だそうですが、専門外のことについてはかなりトホホな部分が目立ちます。アマンダを紹介する”著者紹介”でも

一九七四年頃デイヴィット・ボウイと同棲し、彼の2枚目のアルバム『フォー・ユア・プレジャー』のジャケット・モデルとなる。(p430)

などとやらかしているし、

ウォーレン・ビーティや、彼の現在の恋人で、『パパとママ』を以前歌っていたミシェル・フィリプスとを、(p365)

ジョドロウスキはフランク・ハーバートのサイエンス・フィクション、『デューン』の大作映画化を考えていて、(p346)

というのもアチャーです。

まあ翻訳がイマイチとはいえ、ダリの知られざるパーソナルな側面に踏み込んだ内容はとても面白いです。

個人的にも2004年9月3日に行ったフィゲラスのTeatro Museo Salvador DaliとポルトリガートのCasa Salvador Daliが何度も出てきて、懐かしくも楽しく読めました。

投稿者:

yamazaki666

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